そんな事が日本で起きている時・・・欧州・・・バチカンでは

「シスターシエル」

『六王権』探索の合間に埋葬機関本部に報告(これが最も気が重い仕事である。成功しても失敗しても陰険機関長に会わねばならないから)を入れ、再び出動しようとしたエレイシアを洗礼名で呼ぶ声がした。

振り向くとそこにはカソックを身に着けた銀髪の修道女がいた。

「何か御用ですか?シスターオルテンシア」

彼女の事は良く知っている。

教会の悪魔祓い達が誇る異能『被虐霊媒体質』を持つシスター、カレン・オルテンシア。

自らの身体を持って悪魔の居場所を教える献身的な修道女。

だが、そんな彼女の評判はお世辞にも良い物ではない。

それも当然と言えば当然なのだろうか?

何しろ彼女は人としてではなく教会の兵装として遇されているに過ぎない。

そんな彼女に対して大小さまざまな悪評があるが、その中でも大きく言われているのは彼女の出生に関しての事。

『行きずりの男との間に生まれた汚らわしい娘』

『神の教えに背き、自ら命を絶った背徳の女の子供』

そう言った陰口に興味の無いエレイシアの耳にすら入ってくるほど、その悪言は常に囁かれていた。

だが・・・こう言った中傷は大抵誇大に吹聴されているのが常である。

事実カレンに叩かれている中傷は誇大部分が多い。

彼女の母親は彼女を生んで間も無く自らの命を絶ち、父親は母親が死んだ直後姿をくらまし、未だに名乗り出ていない。

彼女の出生に関しての真実はこの二点のみに過ぎない。

だが、これだけを見れば想像力が乏しい者でもそれなりの中傷が生まれると言うものだ。

「はい、実はシスターにお尋ねしたい事がありまして」

「私にですか?」

「はい、シスター、『錬剣師』についてお尋ねしたいのですが」

思わぬ言葉にエレイシアは首を傾げる。

「??どういう事ですか?何故シスターが『錬剣師』の事を?」

「はい、実はこの度二年の限定ですが言峰司祭の後任として日本冬木に赴任する事になりました」

「冬木へ?」

「はい、調査によると『錬剣師』がこの冬木の地に駐留しておりますので」

士郎に関する情報は既に教会の耳にも入っており彼らも独自の情報網を駆使して士郎の居場所を突き止めていた。

「駐留と言うのは適当な言葉ではありませんね。彼は冬木に住んでいるのですが」

「上にしてみればどちらでも宜しいのでしょう。『錬剣師』がいると言う事実のみで」

「それもそうですか・・・話が逸れましたね。で、シスターは『錬剣師』の何をお知りになりたいんですか?」

エレイシアが改めて尋ねる。

「そうですね。彼の人となりや性格・・・ついでに弱点を教えていただければ」

普通なら憤るかもしくは無視する所なのだろうが、その歯に衣着せぬ口調に思わず苦笑するエレイシア。

「流石に弱点は・・・私は今でこそ『聖堂教会』に所属していますが『錬剣師』とは兄弟弟子です。彼の不利益になる事は話せませんね。ですけど彼の人となりを簡単に言えば・・・とんでもないお節介焼きで・・・曲者ですね」

「お節介焼きで曲者ですか?少々分かりませんが参考とさせてもらいます」

そう言うと一礼し立ち去ろうとする。

「もう良いのですか?」

「ええ、何しろ、今日の内に日本に経たねばなりませんので」

そう言うと振り返る事無く立ち去った。

「まあ良いでしょう。あの様子なら嫌でも実感するんですから・・・士郎君の人となりは」

蒼の書八『銀の聖女』

バゼットの件から少し落ち着いたある日曜日・・・

士郎は凛・桜と共に教会に赴いていた。

何故か?その経緯については時間はさかのぼらなければならない。

「士郎、今日は暇?」

朝食も終わった時凛にいきなりそんな事を言われた。

「??まあ暇と言えば暇だが」

「おっ、デートの誘いか?」

セタンタのからかう言葉にバゼットが至近距離・・・いや、零距離からのボディーブローを叩き込む。

さすがに避け切れなかったのかまともに食らい悶絶する。

「それなら良いけど・・・実はね教会から新任の司祭が来るのよ」

「教会から?」

「ええ、で、セカンドオーナーの私と桜で挨拶に行くのよ」

「でも、先日までいた人は?」

つい先日まで教会から派遣されたと思われる人の良さそうな老神父がいたのを士郎は思い出す。

「あの人はあくまでも代理、それに司教なのよ。本来はここにいるのがおかしい位なの」

元々、完全に破綻した『聖杯戦争』の調査が目的で来たのだからと繋ぐ。

「それにヨーロッパの方がきな臭い事になっているのは士郎だって知っているでしょう?」

「まあな」

未だに『六王権』の消息はつかめていない現状では戦力は一人でも手元に残しておきたいのが教会の嘘偽り無い気持ちなのだろう。

「で、その挨拶と俺の今日の予定に何の関係が?」

「その新任の司祭がね・・・私と桜の他にあんたにも来る様に言ってきたのよ」

苦々しく口にする凛。

「俺を?」

「ええ、どうも教会もあんたの事を掴んでいるようでね。私も断るに断りきれなくて・・・」

ばつの悪そうな表情をする。

士郎の事が白日の下に晒されたのには自分に責任がある。

そう言いたげだったが、当の本人はそれほど意に関していなかった。

「まあ仕方ないだろ。身元ばらした時点で覚悟は出来ていた事だし、でもう行くのか?」

「そうね。今九時だから十時に出るけど構わない?」

「ああ」

「ではリン私も同行しましょうか?」

「気持ちは嬉しいがアルトリア、まだサーヴァントが受肉している事実は隠蔽しているんだろ?」

「ええ、取り敢えず使い魔として使役しているって報告はあげているわ。申し訳ないけどアルトリアは待機していて。むやみなごたごたは避けたいし、下手にサーヴァントが受肉しているなんて事実が公になったら協会が今度こそ黙っていないから」

そう・・・事実完全に秘匿は出来ないと判断した凛は士郎と相談の上協会には凛のサーヴァントであったアルトリア、イリヤのサーヴァントだったヘラクレス、桜のサーヴァントだったメドゥーサについてはあくまでも使い魔として再度契約したと報告はあげている。

受肉したとなればどんな事態になるか想像も容易い。

そして、セタンタ、メディアについては受肉はおろか使い魔として現界の報告すら入れていない。

この理由はセタンタについては言峰から士郎のサーヴァントに再契約した事に起因する。

すなわちセタンタの事を公にすればそこから士郎の身元が判明する可能性がある。

だが、バゼットが訪れるのが半月早ければバゼットの使い魔として報告を上げていたかもしれないが。

メディアに関しては更に深刻だ。

何しろ彼女は神代の魔術師、現代の魔術では不可能な知識を多数保有している。

最悪士郎以上に彼女が協会より狙われる羽根になる。

幸い、三体の英霊を使い魔とした事実(協会の主観)が眼くらましとなり、それ以上の詮索を教会は行っていない。

「わかりました。ですが危険と判断されたら直ぐにでも令呪を」

「ええ」









そして士郎達は教会に赴いていた。

「ここに来るのも半月ぶりか・・・」

『聖杯戦争』の事後処理や『六王権』捜索に追われあの日以来一度も足を運んでいなかった。

「そうね。本当に時間が経つのって早いわね」

「全くです」

「そういえばその新任の司祭ってどんな奴なんだ?」

「それが私もまだ会った事が無いのよ。バチカンから通知が来た位で」

「そうか、まあ直ぐに判るか」

そんな会話をしながら扉を開ける。

そんな士郎達を迎えたのはオルガンの音色だった。

「えっ?」

見ると、端に置かれたオルガンで曲を奏でる一人の修道女がいた。

背丈は士郎より頭一つ分低く、年も桜と同じ年か一つ下。

「凛・・・ひょっとして彼女が?」

「おそらく」

士郎達は声をかけるタイミングを見計らっていたが、オルガンの音が止まった。

ちょうど曲が終わったようだ。

その修道女は入り口に立っている士郎達に特に驚かず、歩み寄ってきた。

「初めまして。冬木の管理者、この度聖堂教会よりこの一帯の管理を任されましたカレン・オルテンシアと申します」

それなりに流暢な日本語で挨拶する。

「初めまして冬木の管理人の遠坂凛よ。こっちは私の妹で桜。で」

「彼が二十七祖第四位『万華鏡』の弟子『錬剣師』衛宮士郎ですね?」

「ええそうよ」

「遠坂桜です」

「えっと・・・衛宮士郎だけど」

自己紹介が終わると四人(正確には凛とカレンのみ)は直ぐに事務的な話を始める。

「では毎週土曜日を定期報告といたします。この時は遠坂凛もしくは遠坂桜、最低でも片方は出席するように」

「ええ判ったわ。で、一つ聞きたいんだけど」

「何でしょうか?」

「何でここにし・・・じゃない『錬剣師』を呼んだのでしょうか?彼は確かに重要人物ですが協会と教会、どちらにも属していません。会うだけ無駄だと思いますが」

「あらとんでもないわ。彼は世界規模で有名な魔術師ですもの。こちら側に属する者として、また同じ場所に居を構える人間としては顔を確認しないといけませんから。身の危険を最小限に食い止めなければなりません」

カレンの反論にむっとする。

(せ、先輩・・・怖いですね・・・)

(ああ・・・凛と真っ向から言い争い出来る奴なんて初めて見た)

ひそひそ声で話し合う士郎と桜。

「つまり、教会は『錬剣師』が自分達に危害を加えると?」

「そう考えても仕方ないかと。何しろ彼は死徒にして最凶の魔法使いの弟子として絶大な信頼を受け、悪魔を使役する死神とも共闘出来る人物です。これで警戒するなと言うのが無理かと」

「それは考え過ぎじゃないかしら?もしくは被害妄想じゃないの?」

「それを言うならこの国の格言にある『石橋を叩いて渡る』とでも申してもらえれば。それに、この様な身近にいながら『錬剣師』の存在に気付かなかったセカンド・オーナーの言葉では説得力も皆無ですよ」

凛とカレンの言い合いは続く。

だが、どちらかと言えば激し気味の凛をカレンが上手くいなしていると士郎は感じ取った。

こういった論戦では熱くなった方が負けである。

その為だろうか、士郎は自然に前に出てカレンに質問する。

「一つ聞きたいがカレン、教会としては俺をどうしたいつもりなんだ?」

「私は特には伺っていません、本命は『真なる死神』でしょう。彼の従えているのは悪魔なのですから」

「なるほど協会と目標は同じか・・・」

その答えに苦笑する士郎だったが不意に、表情を顰める。

そして何を思ったのか鼻をひくつかせてカレンの匂いをかぐ。

「!!ちょっと士郎!!」

「せん、先輩!!失礼ですよ!!」

凛と桜が慌てて引き止めようとしたが士郎の表情に手を止める。

それは下心のあるものでなく真剣な・・・まるで戦闘の時のものだった。

「どうかしたのですか?『錬剣師』?」

一方のカレンは特に嫌悪感も無くただ淡々と問い掛ける。

士郎の方は凛達の詰問にも答えず、カレンの問いかけにも応じず、その華奢な肩に手を置き、ただひたすらに匂いを嗅ぐ。

「欲情しましたか?欲望を満たしたいのならそれに・・・」

その言葉を遮るように士郎は躊躇いも無くカレンのカソックをはだけさせる。

「「「!!!」」」

その行動にカレンですらあっけに取られたように棒立ちとなった。

だが、士郎は露になったカレンの腹部を見てただ一言呟く。

「やっぱり・・・傷口膿んでるぞ」

見れば腹部には白い包帯がまかれ一箇所が嫌な色に変色していた。

「へっ?」

「膿んでる?」

「ああ、消毒が甘かったのか手当てした奴がど下手なのかはわからないけど」

「・・・良く判りましたね」

「ああ、俺も死線を何度も越えてきたからな。そういった身分だからこういう類の異臭とかは嗅ぎ慣れているのさ」

良い気分はしないけどな、と付け足してからカレンに問う。

「薬とか包帯は?」

「前任者の部屋に」

「勝手にお邪魔するぞ。それと治療しなおすから横になっていろ」

そう言い士郎は教会の奥に消える。

暫くして治療薬や包帯、そしてお湯が張られた洗面器に清潔そうなタオルを持ってきた士郎は

「凛、すまないがこれでまず傷口を清潔にしてやってくれないか?」

「へ?え、ええ・・・」

「その後は薬で手当てして包帯を換えてくれ。流石にこれは男の俺よりは良いだろうから」

「よく言えますね。有無を言わさず私の裸を見た人が」

「うぐ・・・それは言うなって女性と言うよりは怪我人として見たんだから」

カレンの冷ややかな言葉に苦虫を噛み潰した様に応じる。

その後は凛と桜の手で完璧に手当てが施される。

「取り敢えずお礼は申し上げます」

「別にあんたの為に行った訳じゃないわ」

「姉さん・・・」

「まあ礼は素直に聞いた方が良いと思うぞ」

「うっさいわよ士郎に桜・・・じゃあこれで失礼するから」

「ええ・・・ではまた定期連絡時に・・・それと『錬剣師』少し残っていただけますか?聞きたい事があります」

「俺か?」

「はい」

「・・・わかった。先に帰っていてくれ」

「ですが先輩・・・」

「大丈夫ですよ。先輩方。私が『錬剣師』に手を出せば私の方が無事にすみません」

実力行使をされれば私の方が負けるに決まっていますからと付け足す。

「・・・判ったわ。一応その言葉信じてあげる」

「感謝します」

そう言ってから凛は桜を連れて教会を後にした。

「さて・・・俺に聞きたい事って?」

「私よりもむしろ貴方の方に聞きたい事があるのでは?」

「・・・そこまで知っててか・・・あんた本当に性格悪いな」

「失礼ですね。ここに来るまでは無害で生きてきたつもりですよ」

「そっか・・・まあそれは置いといて・・・あんたどう言う事だ?身体の中ぼろぼろじゃないか」

それに気付いたのは先程肩を触れた時。

そう・・・その際にカレン自身を偶然にも解析した時。

体中・・・いや、正確には内部はぐちゃぐちゃでひどい状況、おまけに神経も所々寸断されている。

この状態では確実に身体機能に影響がでる。

いや、現に片方の視神経が切れているし、舌の神経も殆ど役を成していない。

よくこれで普通に生活できるものだ。

この分ではいずれ五体満足に動けなくなるだろう。

「別にたいした事ではありません。これが私の仕事であり使命なのですから」

「使命?」

「はい、衛宮士郎。貴方は悪魔憑きはご存知でしょうか?」

「ああ、『錬剣師』の仕事で時折見るからな」

短く答える。

「なるほど、それなら説明も省けます。ご存知とは思いますが通常悪魔は憑いてしまえば肉体面にまで現れない限り悪魔憑きかそうでないかは判断が極めて困難です。ですが霊感の強い者の中にはごく稀にそれ悪魔の起こす霊障を自らの身体に擬似的に起こす者がいます。それが私なのです。『被虐霊媒体質』そう呼ばれる先天性の異常体質です」

「じゃああんた悪魔祓いか?」

「いえ、私はただの悪魔祓いの見習い・・・師について悪魔の居場所を突き止めるのが私の仕事です」

その言葉に士郎は本気で表情を顰める。

「なんかその言い方だとあんたの事を人として扱っていないみたいだな」

「そうですね。自分で言うのもなんですが私は人でなく対悪魔の兵装として遇されている身ですから」

「そう言う事か・・・」

士郎は嫌悪も露に吐き捨てる。

悪魔が近くにいれば勝手に傷を負い血を流す。

見分けられない者から見ればこれほど判りやすく・・・都合の良い探知機は無いだろう。

おそらく彼女の内部をずたずたにしたのはその体質による後遺症。

肉体をも変える霊障によって傷つき、外側は癒えても内部はどうする事も出来ない。

「それに・・・この様な身体でも人の為になっているのです。特に苦痛でもありません」

カレンの言葉に本気で表情を怒りに歪め士郎は一言吐き出す。

「・・・そんな体質なんかさっさと直しちまえ」

「無理ですね」

「教会が阻んでいるのか?」

「それこそまさかです。教会は決して非道ではありません。無理と言うのはこの体質の治療が未だ確立されていない為、そして・・・なによりも私自身治療の必要性を認めていないのです」

「だが、それで良いのか?それほど長くもたないぞ」

「構いません。何も成さぬまま死んでいくよりは」

その言葉に深い溜息をついて説得を諦める。

カレンの言葉には無理強いされている苦痛など一切無い。

彼女は純粋に喜んでいるのだ。

「そうか・・・なら俺にはやめる様に言う権利は無いな・・・だが、最大限のお節介はさせてもらう」

そう言うと躊躇い無くグローブを脱ぎ

「投影開始(トーレス・オン)」

全ての工程を省略してそれを作り出す。

十一年間彼を守ってきた・・・そして半月前本来の主に返還したあの鞘を。

「・・・」

それに魔力を込めて、カレンの身体に押し付ける。

その瞬間、かつて士郎の身体にあったように数百のパーツに分解されカレンの身体に入り込む。

同時に内部の傷を次々と治していく。

「っ・・・」

その異変に表情を歪めるカレン。

だがそれも直ぐに収まる。

鞘がカレンの寸断されていたもの役をなしていなかった箇所を全て治し消え去る。

流石に士郎の悪魔級の投影技術でも鞘の投影はこれが限界だったようだ。

「・・・これで良し。じゃあな」

そう言って立ち去ろうとした時、

「待ちなさい。『錬剣師』聞きたい事が増えました」

カレンに呼び止められた。

「?なんだ?」

「何故です?どうして貴方に敵対するかもしれない人間を治癒したのですか?それも秘匿しなければならない己の力を使い」

この言葉には敵意に近いものが漂っていた。

「なんでって・・・怪我人を救うのに理由が必要か?」

それに対する士郎の言葉はこれ以上内ほど明確なものだった。

「・・・・・・」

あまりに単純明快だったのか呆けた表情で士郎を見る。

「何だ?そんなにおかしいか?」

「い、いえ・・・そうではありませんが・・・なるほど・・・これがシスターシエルの言っていた事ですか・・・」

「シスターシエルって・・・エレイシアさんの事か?」

「ええそうです。彼女が貴方の事をこう評していました。“とんでもないお節介焼きで曲者”だと」

「ははは・・・エレイシアさんらしい・・・」

エレイシアらしい率直な評価に苦笑する。

「笑い事ではないでしょう。貴方も気付いている筈。貴方の生き方はひどく歪・・・いえ、もっとひどいわね・・・人が生きていくに必要な事が悉く欠如している」

「まあ歪なのはわかっているさ。それでも俺にはかなえたい理想と夢がある。その為に今の力を手に入れたんだからな・・・って言うか、お前に言われる筋合いは無いと思うが」

「大きなお世話です。人の裸を見て、頼まれもしないのにお節介な事をしたお礼のつもりです。黙って聞きなさい・・・それなら貴方は確実にその理想と夢に殺される。例えれば貴方は何の見返り無く金銭を惜しむ事無く、赤の他人に恵んでいるのと同じ。今はまだ良い。今は貴方のその強さが脆過ぎる人としての衛宮士郎を守っている。どれだけ恵んでも成り立つ位の金銭を持っている。でもいずれはその生き方も通用しなくなる。恵む事の出来る金銭も無くなる。おそらくその時こそが衛宮士郎の死ぬ時」

「・・・」

カレンの言葉に士郎は何も答えなかった。

反論しなかったのかそれとも反論できなかったのかおそらく本人にも不明だったが・・・

「さて俺もここにはあまり来たくないんでな。今度こそ本当にさよならだ」

そう言うと振り向く事無く士郎は立ち去った。









教会を後にした士郎の下に直ぐ凛と桜が近寄る。

「あれ?二人ともまだ帰っていなかったのか?」

「当然でしょう?こっちが眼を放した隙にあの女があんたに何やらかすかわかったものじゃないんだし」

「でも姉さん、カレンさん私達の事本当に先輩と慕っている様に見えましたけど」

「甘いわよ桜。あれは綺礼と同じタイプよ。油断していたらどうされるかわからないわよ・・・まあそれはそれとして士郎」

凛が士郎の右腕に組み付く。

いや、それは拘束したと言った方が正確か?

「そうですね。先輩、ちょっとお聞きしたいんですが」

言いながら桜は左腕を捕まえる。

「へっ?凛・・・桜・・・」

第三者が見れば美人姉妹と腕を組んで歩く羨ましい男に見えるだろうが、当事者の士郎は背筋が凍てつき砕け散るような恐怖を覚えていた。

二人ともあくまとなった時の冷笑を浮かべている。

「「さっきの一連の行動について説明してもらうわよ(もらいます)」」

この後・・・赤やら黒やら白やら青にぼろくそにされた事など・・・書く必要すら見出せないだろう。









「・・・『錬剣師』・・・衛宮士郎・・・」

再び一人となった教会でカレンは教会より送られた資料に改めて目を通す。

そして資料の空白に書き足した。

『そして恐ろしいほどの偽善者』と・・・

あれほどの偽善者は本当に珍しい。

もしかしたら聖人クラスかもしれない。

彼は他者が救われる事には過剰に関心を示すというのに、自己が報われる事には皆無と言っても良いほど、関心が無い。

彼本人にも言ったがそんな生き方が永く保つ筈も無い。

必ず彼は破滅する。

予言でも推測でもない、これは確信だ。

だが・・・それと同時に彼女は彼に興味を持った。

あれほどの歪で空虚な彼をもう少し詳しく見て見たいと・・・

それは恋愛感情と言うよりはもっと別のものだろう。

皮を剥がし彼の本性を見て見たいと言う彼女らしい理由だったが・・・

だが、自分と彼には接点は無い。

セカンド・オーナーの凛がこれ以上彼をここに連れてくる事は無いだろうし彼自身もここにはもう来ないだろうと断言した。

どうすれば良いか思案に暮れる。

思案に暮れても良い案が浮かばず静かに教会内を散策する。

鞘の力で内部を完全に治癒されたので動かしづらかった手足も自由に動くし、視力も完全に回復している。

だが、彼女自身その状態を持て余していた。

この状態を慣らす為と、頭を少し冷やす為にゆっくり歩く。

と、不意に隠された様に存在していた地下階段を発見した。

「あら?こんな階段あったのかしら?」

そう言って階段を下りていく。

そこは地下聖堂だった。

「こんな物があったの・・・」

だが、そこはまるで数十年も放置されていた様に床は何かの残骸や木屑が散乱している。

その割には棚に埃はそう積もっていない。

多く見積もって半月から一月と言った所。

この矛盾する聖堂を眺めながらカレンは更に奥の一室を覗き込む。

と、そこの状態を確認するとカレンが笑った。

「ふふふ・・・良い接点(ネタ)が出来ました」

だが、その笑みは聖女の笑みではなく、後に彼女を知る者より・・・『魔女の冷笑(ウィドゥズ・スマイル)』と呼ばれるものだった。









それから数日後・・・衛宮家は新たな・・・どちらかと言えば招きたくない類の来客を迎えていた。

「で士郎・・・」

凛が開口一番士郎を詰問する。

「えっと・・・なんだ?」

「何でここにカレンが来ている訳?」

「そうです先輩、もしかしてカレンさんにここの場所を教えたんですか?」

見れば凛・桜・アルトリア・イリヤ・メドゥーサが冷たい視線を注いでいる。

バゼット・セタンタ・メディア・宗一郎・セラ・リーゼリット・ヘラクレスは我関せずを貫いている。

いや、セラだけは時折士郎を見て冷笑を浮かべている。

返答次第では血の雨が降る。

それを自覚した士郎は背筋に冷たい汗をかく。

「い、いや・・・俺は家の事は何も教えていないぞ、それにカレンがここに来た理由もつかめないんだが」

士郎は嘘を一欠けらも言っていない。

「はい、彼から教わってはいません。深山で彼の家を訪ねれば直ぐに判る事ですから」

カレン自身も断言する。

「それでカレン、どうして家に来たんだ?」

「はい、実は教会がこの度改装される事になりまして暫く住めなくなりました。ですがあいにく来日して間もない私に暫し仮の住まいと出来る伝はありません。ですが、セカンド・オーナーである先輩の自宅では無理が生じます。そこで」

「で、士郎の家に居候するって言うの?大体、そんな事教会に申請すれば仮の宿くらい手配してくれるんじゃないの?」

「ええ、申請はしましたし、教会の改装費用や改装の為の業者も手配してくださいましたが、宿までは手が回らなかったようですね」

これは半分嘘である。

教会は宿の手配をしなかったのではない。

カレンが申請をしなかっただけだ。

『滞在先については快く応じてくれた場所がある』と報告を入れて・・・

「て言うか、士郎の家も魔術師の家なのよ。こいつにも隠すべき神秘があるんじゃないかしら?何で私の家が駄目で士郎の家が良いって言うのよ」

「簡単です。遠坂の家では確かに隠すべきものは多々あるかと思いますが、この家は先輩やら使い魔やらホムンクルスがここまでごろごろ集まっているのです。隠すべきものは何もないのでは?」

痛い所を見事につかれる。

「なるほどな・・・事情はわかったが・・・」

出来れば滞在を許可したいが、すればしたで周囲から何を言われるか判ったものではない。

それに立て続けに居候が増えるとなれば虎が再びハリケーン『タイガー』と化す。

おいそれと首を縦に振れなかったが、そこにカレンが士郎の耳元で囁く。

「そうですか・・・それでは真に遺憾ですが地下聖堂の一角が何者かの手によって著しく破壊されていた事を教会に・・・」

士郎の表情が一瞬で蒼ざめる。

カレンのドス黒い笑みを見て彼は直感した。

あそこを破壊した犯人をこの腹黒シスターは知っていると。

勝敗は一瞬で付いた。

「わ、わかった!!カレン!!取り敢えず離れにあと一部屋空いているからそこを使ってくれ!!!」

「感謝いたします。貴方に神のご加護があらん事を」

修道女らしく両手を胸の前で組み祈りの仕草をするが、その口元はにやりと禍々しい笑みに彩られていた。









そして、その後士郎はお約束の様に一同からは、ちくちくいびられ、ハリケーンの対処も任され(押し付けられて)大変な思いをした。

「はあ・・・なんか俺、どんどん立場落ちているよな・・・」

夜になり、各々自室に戻り、一人となった居間で士郎は溜息と共に愚痴を吐く。

と、その時懐に常時入れている携帯電話が震える。

「ん、仕事か」

それは志貴との連絡のみに使われるもので、これが鳴ると言うのは『裏七夜』の仕事が入った事を意味している。

「はいもしもし、」

『ああ、士郎か?』

「やっぱし志貴か・・・どうした仕事か?それとも遂に『六王権』が見つかったのか?」

『いや、『六王権』は見つかっていない。だが、別の仕事でな、ちょっと総動員することにした』

その言葉に士郎は眉を潜める。

総動員、文字通りそれは頭目志貴を筆頭に『裏七夜』が保有する全戦力を動員する事を意味しており、『裏七夜』の戦力を知る者ならば生半可な事態で下される事ではない事は判りきっている。

だがその相手が『六王権』ではないと言う事に士郎は首を捻る。

「総動員って・・・一体相手は何なんだ?」

潜めていた声を更に潜めて尋ねる。

『ああ、死徒二十七祖第十三位『タタリ』だ』

『蒼の書』九へ                                                                               『蒼の書』七へ